日野レンガの色への思い 新選組、羽織袖のギザギザ模様の歩道

令和3(2021)年夏に出た日野ニュースに面白い記事が掲載されています。
筆者は下河原在住の鈴木邦夫さん。リタイアしてからは郷土史研究家として活躍されています。日野宿発見隊のメンバーでもあります。鈴木さんは一連の研究活動のなかから、地元にゆかりの深い日野煉瓦を何とか日野宿内の歩道に再建させたいとの思いが募り今回この記事を投稿されたとのことです。
昭和の初期から30年代まで歩道に敷かれていたのは大阪窯業製の煉瓦で、中央線多摩川鉄橋の橋脚などに使われているいわゆる日野煉瓦とは異なりますが、日野宿にとって煉瓦は特に意味のある遺産ですものね。
鈴木さんの提案では八坂神社前が上がっていますが、平成24(2012)年2月に地元から上がった提案のなかでも触れていましたが、ギャラリー & カフェ大屋の前、旧甲州街道付近もいいのではないかなどと夢が膨らみます。是非何らかの形で煉瓦が敷き詰められた歩道が再建されるといいですね。

以下、鈴木さんが投稿された文章です。

甲州街道の歩道敷石 日野レンガの色への思い
       新選組、羽織袖のギザギザ模様の歩道

日野本町の新選組パレードを行う甲州街道沿いの歩道の敷石は、レンガに近い色となっています。これは、平成の中頃、道路の改修があり、「日野レンガ」にちなんで、当時の馬場市長さんなどのご尽力より、日野駅付近から下宿の東の角までは、この色が選ばれました。

「日野レンガ」とは、明治前期に現在の日野警察署の北に工場が建築され、日野鉄橋の橋脚や中央線が日野用水を跨ぐ場所などに使われ、現在も現役です。昭和初期に、甲州街道の拡幅工事が行われ、現本町沿道にはレンガ(「大阪窯業」製(八王子工場・長沼にあり、刻印「OSAKA YOGYOU」)が敷設されました。この歩道は、戦後の頃迄あり町民の馴染みのものでした。

ところが最近、歩道工事の手違いであろうか、補修後の敷石の色が白に置き換えられ、まだら模様となり、街の美観上も良くないと思う様になりました。地元の人達にも相談し、都多摩西部建設事務所に「元のレンガ色に出来ないだろうか」とお願いしたところ、早速改修をして頂きました。都の建設事務所も街の景観などにも配慮して取り組んでいるとの事で、有難いことです。

以前に加組のみなさんが「現物のレンガ」を敷こうとの運動を行ったと、伺いました。いつかは多少なりとも、八坂神社前に(日野レンガの創業者が宮司の土淵英氏)復活は、如何でしょうか。現物は、日野図書館前の高札場下に、保存展示されております。尚、昔を思い起こし八王子の明神町三丁目の一部歩道は、「レンガ通り」と称して、レンガ歩道に復元されています。

新選組の羽織袖のギザギザ(だんだら模様と呼ぶ)の歩道:これも同じ様な思いで、日野バイパスが出来る当時、付近に圡方歳三資料館もあり、歩道をギザギザに見える様に敷石を敷設されています。また、イオン・フードスタイル前の歩道も同様です。但し、四角形の敷石でその模様を表現するのは難しい様で、三角半分の色違いの新デザインの敷石が望まれます。次回の大改修には、ぜひこの新敷石でお願いしたいものです。

歩道の色やデザインにも思いを込めての散歩や買い物も、良いのではないでしょうか。

土方歳三資料館付近の歩道
日野本町二丁目の歩道
イオン・フードスタイル前の歩道